結婚へのチャンス
結婚の遅れた人へ

ある失敗の体験、自分が結婚を遠ざける

ある失敗の体験

ここで、結婚に失敗した、ある三十娘の体験をお話ししましょう。Aさんは、女子大を出たインテリ女性。三十三才。会社員としては、男性にひけをとらない腕前を認められていました。気性はさっぱりして、身なりなどにも清潔感が溢れていました。二十代の問は、仕事がおもしろく、結婚を考えることもなかったそうですが、三十才になってから、しきりに結婚を考えるようになりました。その大きな原因はやっぱり周囲にもありました。彼女の上役がつねづね、「結婚するまでは、人間は三分の一だ。結婚して二分の一、子どもができてやっと一人前だよ」とだれにでも言っていました。Aさんは結婚をあせることの愚をよく知っていながら、こんなことばにも、いつか変に影響されていたのでした。結婚さえしたら、自分は人並みになれる、というように。これが最後か このとき、縁談が起こりました。その前にも、いくつかの縁談はあったのですが、成功しなかったのです。今度の話をのがしたら、もう縁談はないかも知れない、そんな気持が心にこびりついていました。紹介者は学校の同級生、しかし、同級生のSさんが、じかに知っている人ではない。相手は四十八才。夜間高校の国語の先生だが、一週間に何時間か教えに行くだけ。あとの時間で、彼は小説の勉強をしているのでした。経済的な不安はありましたが、彼の収入と、彼女のかなりの高給とを合わせれば、じゅうぶん暮らしていけます。共かせぎは彼の望むところでもありました。
おかあさんの疑問 
六ヵ月間交際しました。音楽会へ行き、映画を見、喫茶店で話しました。その間、彼はいつも親切で、礼儀正しく、口癖のように、\"結婚は愛と誠実だ\"と言うのでした。Aさんには、彼が一点非の打ちどころのない紳士に見えました。こんなよい相手が、再び現われるとは思えません。いや、そんな打算を考えている余裕のないほど、すっかり彼にまいってしまいました。そんなとき、おかあさんがAさんに言ったのです。(Aさんはおかあさんと二人暮らし)\"人間四十八にもなれば、何か残しているものがある。子どもがいるとか、会社ではある地位に達したとか、芸術家には作品があるとか、展覧会をしたことがあるとか。あの人には、何もないのね。何かの業績があってもいいはずなのに。おかしいと思わない?\"この疑問は、あとになって、Aさんの胸に深い反省となって、よみがえってくるのですが、しかし今は、そんな疑問をもつゆとりなどありません。ただ、彼女にも少しの不安はありました。それは、彼の家へたった一回しか招かれないということ。招かれたときは、お客さま然として、応接間でもてなされただけだということ。このことが、なぜか心にしこりになっていました。しかし、こんな不安を口に出したら、彼にきらわれはしないだろうか、とまず心配です。また、こんな不安は、結婚前の娘ならだれでももつ、とるに足らないものなのではないか、とも考えます。
一八〇度の転換 
そうしているうちに、彼の老母の願いで、結婚が急がれることになったわけです。六力月目に結婚しました。ところが、どうでしょうか。行ってみた家の中の貧しさ。いや、そんなことよりも、あれほど口にしていた誠実と愛などは、ただのことばでしかなかったということが、次々にわかってきました。彼は、小説に専念するといって、勤めをやめてしまいました。勉強の妨げになるからといって、Aさんのおかあさんの出入りをかたく止めてしまいました。その他さまざまな失望の中で、Aさんは三ヵ月目にとうとう離婚してしまったのです。今にして思えば、交際中の会話のはしばしに、彼自身の親や兄弟に対する冷淡さが見えていたことに気づきます。もしまた、家庭の中にまで入って、彼を観察していたら、行ってみてびっくりという失敗はせずにすんだのではないでしょうか。そして、おかあさんの直感のようなもの::Aさんは次々に自分の至らなさを発見するばかりです。「もし、あのときもった不安を、どこまでも突き止めていたら、こんなに悲しんだり、くやしがったりしなくてすんだでしょうね。それで逃げるような人なら、逃げてよかったのよ。結婚すべきではなかったのよ」と、彼女はくり返し言っています。


自分が結婚を遠ざける

結婚へ近づきたいとあせりながら、一方では自分で結婚を遠ざけている娘さんもあることに気づかれるでしょうか。今の若い人は、はっきりと結婚したい気持を現わしますが、戦中派とよばれる人たちには、そんなことが慎しみのない態度のように見えるらしいのです。また、与えられた結婚に甘んじていた女性のなごりか、自分で結婚生活を獲得しようという強い気持もありません。自分はいつも選んでもらう立場であり、自分から選ぼうとしないのです。そんなことでは、結婚の機会を見のがします。血眼になるのは失敗のもと。しかし常に自分はよい結婚をしたいと希望をもち、機会に対して敏感でいるべきです。ある人が言っていました。\"とても知的で魅力のある女性なのだが、結婚についてどう考えていますか、と質問したところ、結婚のことなんて考えたことがないのですよ、と言うのです。ほんとうに考えたことがないのでしょうかね。それともそんなポーズをしているのでしょうかね\"と。結婚する、しないは別としても、大人になった女性が、結婚について何も考えないということはまちがっていると思います。ある程度の教養や経済力ができ、社会的自覚と男性を見る目をもつと、家庭へ入ることをちゅうちょする女性が出てきます。一人暮らしが気楽だなどといっているうちに、結婚する機会を失ってしまう。必ずしもそれが本意ではないのに。結婚については、もっと真剣に考えてみるべきではないでしょうか。東大助教授の山下肇氏は、\"一種のかたわな疎外された孤独生活を送るに至る女性の自己矛盾が、今日いかに多いことであろうか。これでは、この女性たちは、今日の日本の現実にしっかりと根をおろしているとはいえないのである。\"(「あすの女性へのことば」より)と言っています。娘さんたちは、結婚したい気持をはっきりと現わしていいのです。ほんとうは結婚を望んでいるのに、なんとなくとり澄まして、人ごとのような顔をするーこのはっきりしない生活態度が、あなたを世ののけもののように感じさせてしまうのだ、ということを考えてみる必要があると思います。機会はどこにでもある、とか、いつでも結婚適齢期だ、ということばは、周囲の人たちにも深く理解してほしいと思いますが、自分自身でもまた、現実の生きたことばにしていくような努力をしようではありませんか。(塚本哲、間宮武ほか)